「情景」を辞書で引くと「人の心にある感情を思い起こさせる風景や場面」とある。スナップ写真を考えるに、カメラを向けるのは正に「情景」があるからで、それを見て自分の感情に湧きあがる一節を写すことができれば写真に意味合いが生まれる。「情景」は自然風景にも人の暮らしの場面にもあるが、その形や線や光や影などが醸し出す、目には見えない雰囲気(空気感)も印象の味わいを深める重要な要素になる。写真でそれも伝えることができればそれは表現力のある描写で、見る人の心を揺り動かす。自分が撮る大概の写真は大なり小なり人が入っていることが多いが、人がいる風景にイメージが膨らみやすく、興味をもって撮りたくなるからだ。
視界全体では情報量が多すぎて無感覚になりがちだが、その一片を見てみるとリアルに「情景」が浮かび上がってきて面白い。それがカメラアイの楽しさで、写角に入ったドラマが生き生きと自分の心に訴えかけてくる。
夏に近づくにつれ日差しが少しずつ強くなり街がキラキラと輝きだす。東に連なる大小の丘と、ずっと西に下がった湾や湖に挟まれて南北に延びる細長いシアトルは坂道が多くあり、こうして季節毎にデコレーションが変わっていくウインドーショッピングを楽しみながら足の疲れを癒やすことになる。
季節の変わり目は人々の服装も様々で面白い。天気のいい日は少し汗ばむことがあっても、空気は乾燥しているので日陰にはいるとすーっと湾からの涼しい風を感じて気持ちよい。
6月は高校の卒業シーズンだ。式をすませたハイティーンのガールズが、賑やかに街へ繰り出しのびのびと闊歩しているのに出会うと、その熱波に圧倒されるのか自分は萎縮してしまって存在感がなくなる。手前に何人もいたけど負けじと中へ割って入って何度もカメラを向けたんだ。Congratulations! って遠慮がちに声をかけたら皆が Thank you! と笑顔で答えてくれた。ああよかった、無視されてたら沈んだろうなあ。実はちょっとビビッてたけどね。
午後になると影になったテラスでは、人々が三々五々集まりはじめ会話を楽しんだり本を読んだりしている。そんな平穏な風景を見ながら歩くと自分の心にたっぷりと潤いを感じてきて、ああこんな風に写真を撮りながら時を過ごすのも幸せなことだなあとあらためて思うんだ。
オープンバーは朝から夜中まで開いていて、別にアルコールを飲まなくても軽い食事をしたり、コーヒー一杯でも好きなだけ時間を費やすことができるのがいい。
毎年写真を撮りながら気付くが、春から夏になるこの時期になると人々の笑顔を見ることが多くなる。寒い冬のレイニーシーズンが終わって高く昇る陽が地上を温め、たっぷり水を含んだ草木の緑が映え、あちこちの花々も満開だ。そんな環境で人間の心も体の筋肉もほぐれてくるからだろう。
外歩きしていて人々のうれしそうな姿に出会うと、そのオーラが伝わってくるのか自分の体が軽くなったような気分になる。これ一種の精神セラピーじゃないかなあ。
シアトルの緯度は全くの北国だが、気候がよくなると同じ西海岸を南に下ったカリフォルニアを思わせるファッションの女性が多くなり、街がぱっと明るく陽気になる。湾が広がるウオーターフロントの、陽が傾いた午後だった。シャッターを切りながらボサノバが頭に流れていたね。
この時期はクラシックコンサートの会場へ早めに着くようにしている。大きなガラス窓から差し込む穏やかな陽光がホール全体をとても心地よい空間に演出してくれていて、それは弦楽器が奏でる旋律のように艶やかな透明感に溢れ、開演前から既に序奏がスタートしているように感じさせられる。そんな雰囲気にひたりながら今夜の演目に思いを馳せる贅沢な時間だ。
郊外も散策に適した時節になった。川向こうから軽く風が渡ってきて顔やうなじに水の冷たさを運んできてくれ、時々水鳥が川面を走りゆっくりと波紋が広がっていくのが見える。少し色濃くなって豊かな匂いを放ちだしている若葉が茂り、その木陰で丁度いい気温に体を包まれて少し休む。上を見ると透き通りそうな薄葉から遠く白雲をばらまいた青い空があり、じっと目をこらしていると体が吸い込まれていくように錯覚する。
先月東京へ行った際、木村規予香さんの主宰する二子玉川の「バレエスタジオ KKインターナショナル」を訪ね、初めてレッスン風景を見学させていただいた。その時は幼い頃から始めて今はプロを目差しているのだろうと思わせる十代の男女のレッスンだったが、相当技術度の高さを要求される長時間で厳しい練習風景に感動した。そしてつい最近ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」の全曲を生で聴き、より以上にバレエに興味を持った。曲はギリシャ神話に由来するものと聞いているがファンタジックな恋物語だ。その音楽表現は優美で繊細且つダイナミックでコーラスも入り演奏の間退屈する部分は全くなく、特に各楽器の特質を生かした物語の表現が卓越で、一時間ほどの長い演奏に堪能した。
今回は「情景」を念頭において、自分の視界の中で動いている別々の世界から、どのストーリーを切り取るかを直感で選ぶトレーニングを意識してスナップしてみた。写真を撮らなくてもそんな一コマを見つけるのはとても楽しかったが、これは興味本位の見物人と同じで、一種の野次馬的行動だなと思った。そう自分を野次馬カメラマンと呼ぼう。
( 2014.06.27 )