野山を歩くときは6オンスのヒップフラスク(スキットル)をポケットに忍ばせる。むしろ下戸で量は多く飲めないがアルコールは全般に大好きだ。特に飲む味わいはウイスキーがいい。この日もアイラモルトのスコッチウイスキーを詰めて出かけた。しばらく雪の中へ埋めて思い切り冷やした後、少し口の中に注ぐと、先ずスパイシーな刺激を粘膜に感じる。そして徐々に熱でピートを燻した独特のワイルドな香りを発散しだし、ゆっくり、ゆっくりと口腔全体に味が広がっていく。満を持した後、いよいよ液体が喉を落ちていき食道と胃に仄かな温かみを感じ始める。その頃には鼻から抜けるシェリー樽の甘い香気が周囲を漂い、ウイスキーの風味が厳しい自然と融合したその時、そこに立つ幸福感が全身にみなぎってくるのを覚える。(シアトル)
しかし何という運命か... データを見ると、この写真を撮ったのがシアトルの2月9日午後2時26分、日本の10日午前7時26分だ。(注:3月9日から夏時間でシアトルはプラス1時間進んでいる。)実はこの頃、鎌倉に住む30年来の友人に重大な事故が襲っているのを知る由もなかった。
彼は自分より10才若く趣味は現役のカーレーシングで心身共強健な男だ。2月8日関東は記録的な大雪だった。明けて9日、自宅で朝食前の平和なひとときに突発的な雪事故に会い、現在も意識不明の状態が続いている。同じ時刻に互いに雪の中にいたという符号はどういうことだろう。昔、共に燻らせたパイプを何十年かぶりに持ち出し、彼の好きな一枚を聴きながら回復を念じた。(シアトル)
尺八奏者スコットの音色が分からない輩からは、キャンプで薪を燃やす時にフーフーと火吹きに使うほうが役に立つのではと厳しい評価(そうまで言わなくてもいいのにね)を受けているが、空気と竹が擦れる個性的な低音や、艶のある高音のコンビネーションが醸し出す風流な世界が心に沁みて好きだと彼は言ってくれたよ。(シアトル)
今、木村規予香さんは主宰するバレー教室の移転、新設など、その他日本のバレー界をより広く展開させようと数々のプロジェクトに挑戦している。そしてドイツで身に付けた技術やアートのすべてを後進に残したいと日々の活動に忙しい。近くへ寄ると彼女のまわりにはすばらしい生気が漂っているんだ。(東京 神楽坂)
夕食をすませてホテルへ戻った時、ロビーでスマートフォンを操作している女性がいた。彼女の強いシグナルに惹かれ、これは撮らねばと近くへ寄ってカメラを持ち上げようとした瞬間、彼女がさっと顔を上げて目が合った。ここに滞在している旅の者だが写真を撮らせていただきたいと話かけたところ、微笑みながら頷いたので、床に膝をつきプロポーズしているような気持ちでシャッターボタンを押した。今画像を見ると彼女はまるで何年もの付き合いの友人のように警戒心が一切感じられなく、実に自然で、気に入ったポートレートになった。知らない出会いは心を残して立ち去るのが自分の流儀だけど、一期一会で終わりたくないと思わせる女性だった。(東京 恵比寿)
素直で快活で実にいい性格を持つ娘さんだ。説明を受けても分からないようなとても高度な分野を大学で学んでいる。夕食も早めに切り上げて宿題に向かう姿に感心した。お母さんに呼ばれてはっとそちらを見る彼女はここにあらず、まだ頭の中は教科書の内容に支配されているような表情だ。(シアトル)
今日からこの店で働くという彼女は、先ずはおいしいコーヒーとスイーツをすましてからいざ出陣という。何となく不安げでもあり、頑張るぞという決意も見えなくもない。飲み終わって代金を払おうとする彼女に店主がいいよいいよと言っていた。こんな一場面があるカウンターに座れてよかった。(東京 赤坂)
そして後日、気になって行ってみたら制服を着た彼女が楽しそうに働いている。それを眺めながらこの店とっておきのブルーマウンテンを飲んだ。苦かったけど後味がすっきりとして、とてもいい気分で雨のストリートへ出た。(東京 赤坂)
この日は銀座のライカギャラリーのルネ・ブリのモノクロ写真展へ行った。ライカのスタッフの方がフォト・ヨドバシを見ているようで、Vol.15のライカアカデミーの記事のことを覚えて下さっていたのはうれしかった。その後明るい喫茶店のみゆき通りに面したカウンターに座ってビーフシチューセットとかいうランチを食べ、ウイークエンドの歩行者天国をぶらぶらした。外国人が多いのには驚いたが皆ニコニコしながら歩いている。連れの足が早く、ちょっと待ってよなんて言いながら小走りに歩く女性のファッションがとても彼女に似合っていた。(東京 銀座)
スペイン大使館で開催されていたCarolina Ceca "Infinito"(カロリーナ・セカ 「無限」展)に行った。友人の紹介でビジュアルアーティストの当人に会うことができ、作品の説明を受けられたのはとてもラッキーだ。写真、折り紙、水彩画、ミクストメディア、デッサン、灰などで表現された23点の作品は、彼女が日本に数年住み、和の美意識、感覚を奥深く知ることによって作品の制作プロセスで超現実的な瞬間を感じ、彼女自身の探し求めていたもの「無限」に触れることができたという。心を打つすばらしい作品の数々だった。当日は春のようなあたたかな陽が白亜の会場に差し込み、テーマを盛り上げる雰囲気があった。光に満たされた展示ボックスの向こうに立つ彼女は正にシュールな世界にいるようだった。(東京 六本木)
この20cmの小さな掛け時計は、日本に住む頃から使っていたので30年近く常にキッチンで時を刻んでいることになる。誰もが一日に何度も視線を移す人気者だ。そして家族の喜怒哀楽など、周囲で何が起ころうとひたすら無表情に針を進め続けている。これからも相変わらずそんなだろう。本当にクールなやつだ。(シアトル)
自分が撮る人物写真は本人に気付かれないうちに写すスナップショットが多いが、最近は相手に撮影することを知らせてシャッターを切るポートレートショットもするようになった。ただ、光や影、背景などを配慮して最適な設定で撮る本来の「ポートレート」ではなく、その時その場でそのままの素撮りになので、むしろポートレートをスナップするという意味で、自己流に「ポートスナップ」と呼ぶことにした。